最後の夏休み~長坂亮~ | 東進ハイスクール新百合ヶ丘校|神奈川県

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2014年 9月 27日 最後の夏休み~長坂亮~

はい!!!こんにちは!!!!長坂(兄)ですね!!!

 

まもなく生まれて22回目の秋を迎えようとしています。みなさんは何回目ですか?

 

今回のブログでは「ぼくわたしの夏休み」シリーズの最後として、僕が人生最後の夏休みに経験した印象的なことを綴っていこうと思います。

 

9月の頭に沖縄へ行きました。

晴れ渡る大空広い海などのロケーションも堪能してきたのですが…やはり沖縄に来たら日本人として一度は行っておくべき場所として、あるところに足を運びました。


ひめゆりの塔です。 

僕は初めてだったのですが、おそらく修学旅行等で行ったことがある人も多いかと思います。


―ひめゆりの塔―

沖縄戦末期に沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立つ慰霊碑。慰霊碑の名称は、当時第三外科壕に学徒隊として従軍していたひめゆり学徒隊にちなむ。

ひめゆりの塔から外科壕跡を挟んだ奥には慰霊碑(納骨堂)が建てられており、さらに、その奥には生存者の手記や従軍の様子などを展示した「ひめゆり平和祈念資料館」がある。また、敷地内や隣地には沖縄戦殉職医療人の碑など複数の慰霊碑や塔が建てられている。

(Wikipediaより) 

ひめゆり学徒隊というのは平たく表現すると戦地に看護士として赴いた女学生たちのことで、その年齢は今で言えば中学生~高校生くらいがほとんどです。

はじめは日本軍の勝利を信じて一生懸命に兵士たちの治療を行っていましたが、敗戦が濃厚となった6月中頃に突然「解散命令」が出され、学徒隊は戦地に放り出されてしまいます。


そしてその後の1週間でほとんどの学徒隊は犠牲となってしまいました。 

この事実を忘れないために建てられたのが「ひめゆりの塔」、そして「ひめゆり平和記念資料館」です。


上記の「ひめゆり平和記念資料館」には様々な展示物があります。

  • ひめゆり学徒隊が使用した防空壕のレプリカ

  • 戦時中実際に使われた医療器具

  • 生き残った人たちの手記

などなど…

どれも非常にリアルなもので、第二次大戦がどのくらい悲惨だったか、実際に経験していない僕らでも深く考えざるを得ませんでした。 

そして、自分が普段生活しているこの環境に改めて感謝する良い機会になりました。

何か目標を持って頑張れる、それだけで本当に幸せなことだと強く思います。

もちろん戦時中の兵士や国民は「国・天皇のために頑張る」という人が多く、それが生きる原動力になっていたかもしれません。

しかし、僕らには選択肢があります。どのように生きるか、どのような社会で自分の力を発揮するか、どのような大学に行くか。すべて国から与えられた使命ではなく自分で選び自分で切り開いていく道ですよね。

 

そのような状況が当たり前になっているからこそ気付かないことが多いですが、これは昔にはない、いま僕らが生きている時代だからこその幸せです。

 

…少し説教染みた話になってしまいすみません。笑

しかし非常に心を動かされた出来事だったので、ぜひみんなにも知ってほしいと思い紹介させていただきました。  

自分がこうして勉強できる環境に感謝しつつ、これからも頑張っていきましょう!!!

 

 

【明日の自習室】

明日は父母会が行なわれるため、18時以降は使用することができません。ご理解ください。

 

明日のブログは新百合の鉄腕アトムこと鈴木遼平担任助手が、今後大いに役立つ二次試験対策(数学)について書いてくれます!

お楽しみに!